オレゴン州のジャーナリスト、ポール・リンマンがかつてレポートした、マッコウクジラ爆破というニュースは、彼のジャーナリスト人生にとって、あまり印象的で出来事ではなかったようだ。「当時僕は23歳で、事件や火災現場、大統領候補を追って取材する毎日を送っていた。どんなニュースも、取材が終われば、それで終わりというという感じだった」
しかし、事件から40年近く経った今、リンマンの知らぬ間に、当時のレポート映像がインターネット上のクジラの爆破を特集するウェブサイトに掲載され、ネット上で最も話題になったビデオのトップ5にランクインするほどとなっていたのだ。そこで我々は、このニュースを伝えたリンマン本人にインタビューし、批判を受けているクジラの爆破について尋ねてみた。
「その取材映像はネット上で3億5,000万回も閲覧されたらしい。パリス・ヒルトンがセクシーにハンバーガーをほおばるコマーシャル映像に次ぐ閲覧回数だと思うよ」と、リンマンは語る。
運命の出来事が起きた1970年当時、リンマンはABC放送系列の放送局、KATU Channel 2の記者として、オレゴン州ポートランドで働いていた。その日リンマンは、上司で友人のパット・ウィルキンズの指示で、南フローレンスの海岸に打ち上げられた、体重約7,250キロ、体長約14メートルのマッコウクジラの死体除去作業を取材することとなった。当初は大したニュースにならないと思っていたリンマンだったが、オレゴン州運輸局がクジラをダイナマイトで爆破するという情報を聞きつけ、にわかに取材意欲がわいたという。KATU Channel 2は、爆破シーンを撮影するために、局としては初となる飛行機までチャーターしてリンマンを現場の海岸へ向かわせた。
「僕らが海岸に到着した時、周囲には既にひどい腐敗臭が漂っており、取材陣は900メートル以上離れた場所から、爆発の瞬間を見守ることになった。僕はサイレントカメラを使ってスローモーションで撮影をした」
爆破によってマッコウクジラの肉片があちこちに飛び散り、取材現場は戦場さながらの様相だったという。
「ものすごい音がして、900メートル離れた僕らがいた場所までクジラの脂肪のかけらが飛んできたんだ。指の爪くらいの大きさだったが、それでも頭を直撃したら致命傷を負うかもしれないと思い、僕らは必死で砂浜を駆け下り、駐車場へ逃げたよ。2回目の爆発音が聞こえたが、僕らは走り続けた。その時だよ。目の前でコーヒーテーブルほどの大きさの肉片が車のフロントガラスを直撃し、ガラスの破片が飛び散ったんだ」爆破の様子を撮影した映像とリンマンのレポートは、その日の夕方のローカルニュースで放送され、次第に、全米規模のメディアで取り上げられるようになったという。この取材でリンマンは90ドル、ブラジルは110ドルの臨時収入を得たそうだ。
このクジラの爆破の話はひそかに語り継がれ、やがてユーモア作家デイブ・バリーの目に留まり、彼が執筆するマイアミ・ヘラルド紙のコラム欄で取り上げたことから、世間から悪評を集めることとなった。そして、リンマンの取材映像が動画サイトに掲載されると、またたく間に評判になったという。
現在もレポーターとして活躍し、ポートランドのラジオ局で朝の番組のホストを務めるリンマンは、いまでも、クジラの話を持ち出されない日はないと語る。すっかり有名になった彼は、人々の飽くなき関心に応えるため、『The Exploding Whale and Other Remarkable Stories From the Evening News(クジラの爆破とニュースにひそんだ驚きの物語)』を執筆した。彼はこの著書の中で、記者としてのキャリアの中で印象に残っている記事と共に、ポートランドでの取材の日々を詳細に記している。
「今、あの映像が流れると、なんだか恥ずかしくなるんだ。それほど上手いレポートだとは思えないし、成長した4人の息子が僕のレポートを一語一句覚えていて、僕を困らせようとしょっちゅうマネをするんだ」。リンマンは笑いながら、そう語った。
ここで、我々は改めて言いたい。リンマンがあの現場にいてくれたことを本当にうれしく思う。クジラが木っ端微塵に吹き飛ぶという、こんな驚きの映像をレポートしてくれたのだから。



















